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写真、短歌、日々の思ったこと。
2009年04月29日 (水) | 編集 |
題詠blog2009の中から、気になる短歌や好きな短歌をピックアップ。
私が感じたことを書いていきます。
作者さまの意図とは違うこともあるでしょうし、他の読者さま方の解釈と違うこともあると思いますが、こういう感じ方もあるんだな、とさらっと流していただければ幸いです。
TBのできる方には、一回だけ送信してご挨拶に代えさせて頂きます。

■「002:一日」(1~271まで)

002:一日(梅田啓子) (今日のうた)
一日の濃度がねんねん変はりゆく紅茶にミルクをたつぷりいれる


この歌のように普通の言葉を組み合わせて、難解ではない、けれど奥深く味わい深い短歌を詠むことが私の目指すところ。
作者の梅田さんの一日の濃度は、濃くなっている?それとも・・・?

私自身の印象としては、20代後半までは濃かった一日の濃度が、ある時点を過ぎると急に薄くなり出した気がする。
濃度を濃くする要因として、若さ(無知&興味)、恋、子育て、打ち込める趣味や仕事などがあると思う。
若さを失い、子供がいなくても、いろんなことに興味を持ち、趣味や仕事が充実していれば、いくつになっても一日の濃度は濃いまま、生きる喜びに満ちた人生を送ることができるだろう。
薄くて淡々とした静かな人生も、そういうのが好きならば悪くはないけど。
ただ、何かをしなかったり諦めたりする時に、年齢や環境を言い訳にしないこと、それだけは守っていきたい。
このあとに出てくる、A.Iさんの短歌につながるんだけど、せっかく生きているんだし、生かせてもらってるんだし、って思う。
ミルクをたっぷり入れた紅茶を飲んで落ち着いたら、これからのことを考えよう。
自分が何をしたいのか、どうなりたいと望んでいるのか。

002:一日(英田柚有子) (阿呆船)
あたたかい手のひらだった ありえないくらい短い一日だった


これぞ恋の歌・・・!
「だった」「だった」と過去形で今日を反芻しながら、しみじみと幸せになっていて、またあのあたたかな手のひらに触れることができたら良いなあ、なんて思ってるw
作者がどれほど幸せな一日を過ごしたのかが、31文字にピッタリと収められていて清清しいです。
この歌があまりにもストレートだから、私もひねくれないでストレートに、ほんとうに素直な気持ちでこの歌がすごく良いと思ったし、好きだと思った。

ちなみに、私はよく字余りの歌を詠んでしまうのだけど、実は根っこの所では定型にこだわっている。
少しの字余りはその短歌をより生きたものにするために必要な場合もあるけれど、あまりにも多い字余り、奇をてらった字余りは好きじゃない。
そんなふうにするならば、あっさりと潔く詩にしてしまえば良いのに、って思ってしまう。
偉そうに、言うだけなら誰にでもできるって話だけど(笑)
この歌、秀歌だと思います。

002:一日(穴井苑子) (猫のように純情)
一日中ゴロゴロしたい家づくり 散らばるお菓子プチプチの床


ヤバイ、自分がこの家でどんな風にゴロゴロだらだらするのかが妄想できてしまつたw!
散らばっているお菓子を食べてはゴロンとなって、本を読むのに飽きたら床のプチプチをつぶして、それにも飽きたら猫のもけもけを触りながらお昼寝。
エンドレスでローテーションできそうな・・・ヤバイ、よだれ出てきたww!!

002:一日(A.I) (Private Window)
生きている。うまれるいたみ産む痛み。一日おきに食べる鶏卵。


すみません、何度も出てくる「。」がちょっと気に入らないんですが、良い歌です。
最初の5字、「生きている」がものすごく効いています。
毎日、他の命を犠牲にしなければ生きていけない人間という、いきもの。
生きる喜びは死の痛みの上に成り立っている。
別に、流されてものほほんでも何でも良いけれど、とにかくとりあえず、幸せは目指しとこう?せっかく生きているんだし。
そして、何の身にも実にもならない殺し合いだけはやめとこー。

002:一日(さや) (ふかふかの日々をふかふかと共に)
教団の入りたいのね?八月の一日は仕事休めますわね?


DILIさんが選んでた時は、またまたこんなの選んで、不思議ちゃん好きのDILIさんらしいわ~と思っていたのですが、あかん、私も選んでしまいましたw
私は不思議ちゃんとか、(先ほども書きましたが)奇をてらった短歌とか、あんまり好みじゃないのです。
なのにwww
私が思うに、この短歌は奇をてらってないのだと思います。
本人あくまでも自然、普通の会話文を文字に起こしただけというか。
状況を説明したくなり、何かしらもう少し分かりやすくしそうになるところを、あえてのコレ。
妄想ネタ、ありがとうございますw!

002:一日(拓哉人形) (銀鱗歌)
あの時のあなたのボケにツッコミが足りなかったと悔やむ一日


これもいわゆる反芻ってやつですね?反省とも言うけど、0.1ミリ違う。
あの時、ああいえば良かった、こう返せば良かった、ありがとうって言うべきだった・・・。
よくあります。
だけど巻き戻しできない、どんどんどんどん、流れていく毎日。
次の機会があるうちに、あなたのボケにカンペキにツッコミを入れられるようになりたい、もっとお近づきになりたい。
一生は一年、一年は毎日、毎日は一瞬の積み重ねで出来ているのだ。
一瞬一瞬が大切だってよく分かってる。
次のボケは見逃さないから、もう一度チャンスを・・・!
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