写真、短歌、日々の思ったこと。
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2012年07月31日 (火) | 編集 |
第6章 民族・国家・植民地 -グローバリゼーションの視点から-

※キーワード
○植民地
○国民国家
○民族
○アイヌ民族
○近代主義


中国の3期に渡る少数民族「識別」の理由
1.国家の安全保障
  少数民族が住んでいる地域が国境に近いため
2.豊かな天然資源
  少数民族が住んでいる地域に天然資源が多い
3.少数民族側にもメリット
  少数民族側が認定して欲しいと希望していた
4.漢民族についての論争

※問題点
・認定された56以外の民族も存在する
・政府の認定と原住民の意識、認識のズレ

多文化共生とは
「多文化」+「共生」
海外のマルチカルチャリズムと在日コリアンが同化を強いられることによった共生という言葉を組み合わせた言葉
「様々な文化背景を持つ人々が、台東で調和的な関係を築き、互の文化の違いを尊重しながら、社会の一員として、共に生きること」滝沢先生

※問題点
・滝沢先生の定義は理想ではあるけれど、マジョリティとマイノリティの力関係は・・・?
・マジョリティと共生するにあたって、マイノリティのアイデンティティの確保について

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中国と日本の民族問題、多文化共生についての話だった。
外国人を見かけることが多くなったなあ、っていう、その普段の生活の背後にいろんな問題があること、マジョリティ側の強制でなく、個々を大切にしながらバランスを取って歩み寄ることがとても難しいということ、その難しい問題に取り組んでいる人たちがいることがわかった。
いろんな問題はあるけれど、それを可能性、プラスにしていくことも可能で、そのためにはやはり対話と関わり合いが必要なのだと思う。
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2012年07月31日 (火) | 編集 |
第5章 現代におけるグローバリゼーションと人種

※キーワード
○人種
○グローバリゼーション
○多文化主義
○ネオリベラリズム
○ヒトゲノム
○阪神・淡路大震災


現代において人種主義は表向きには見えなくなっているが、排除と搾取は続いていて、格差のしわ寄せを社会のマイノリティが受けているといった事態になっている。

人とチンパンジーのゲノムの違いは1.2%、
無差別に選んだヨーロッパ人とアジア人の全ゲノムの違いは、0.04~0.06%の中に収まる程度のもの。
その差は機能の部分にはない

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「エリオット先生の差別体験授業」で、腹を立てて教室を出て行った学生に、先生は「本当に差別されている人たちには、腹を立てて出て行くという選択肢もない」と言った。
「マジョリティ側に立つ者は、日常生活において差別されないで済むという特権を無自覚に持っている」という話がとても印象的だった。

私の中にも、無くそうとしてもどうしても無くしきれない、うっすらと気付いている差別がある。
そしておそらく、本当に気付かず人を差別している部分もたくさんあるのだろうと思う。
無くそうとしても無くしきれない部分、気付いてない部分があることが、自分自身、とても怖い。

最近、いじめの問題が多く報道されているけれど、いじめる側にとっては「遊び」や「悪ふざけ」であっても、いじめられる側にとっては深刻な問題であることが多くて、「気づかないこと」の恐ろしさを感じる。

どうすればこの恐ろしさを無くすことができるのだろうといくら考えても、おそらくこの問題はなくなることがないような気がしている。
哲学と同じで「考えることをやめないこと」、そして「人と話すこと」。
それしかないんじゃないかと思っている。

2012年07月30日 (月) | 編集 |
第4章 近代と人種の生成

※キーワード
○人種
○セクシュアリティ
○啓蒙時代
○強制収容と補償
○形質人類学

人種について、生物学的実態はなく、あくまでも社会的に作られてきた概念である

4人この4人の女性は、一見、アフリカ系、ヨーロッパ系、東洋系、アメリカ系に見えるけれど、化粧と髪型を変えた同一人物。
いかに人種的にそう変わらないかということがわかる。

人種間の違いはないに等しいものなのに、人が違いを強調してきたのは、他者より自分たちの方が優れているとする根拠を作るため、だったのだそう。
奴隷制や移民受け入れなどの社会的な問題の中で、自分たちが優位に立つために、人種という区別を作って差別をしてきたことを思うと、人間ってほんと、ちょっと油断すると自己本位に走ってしまって、愚かな考えをもっともだと思ってしまう単純な動物なんだなあと思う。

2012年07月30日 (月) | 編集 |
第3章 グローバリゼーションをめぐる論争

※キーワード
○国際化
○グローバリズム
○肯定論と否定論
○急進論と懐疑論
○排除


マクドナルドもコーラも身近に会って、インターネットで瞬時に世界と繋がることができて、行こうと思えば地球の裏側にも何日かで行って帰ってくることができる。
・・・というのは、世界の限られた人だけの話。

遥か遠く離れた場所で行われているオリンピックの速報を当たり前のように観たりしていて、教科書で言う「地球規模の一体化現象」、グローバリゼーションが世界に広がっているということを何も考えずにそのまま感じてしまっていたけれど、「大事なのは語られないこと」っていう先生の言葉を聴いて、ハッとした。

グローバリゼーションは、それが日常に広がっている地域の人がそれを普通だと思って使っている、「日常的権力と結びついて現実を形成していく、言説である」こと、無意識に該当しない地域を排除していることを忘れないようにしないといけないこと。
そういう、つい忘れてしまいがちなことを思い出した授業だった。

2012年07月28日 (土) | 編集 |
せっかく作ったのでこっちでも紹介しておこうっとw
かのちゃんが紹介してた、ビオレママ顔メーカーで作ってみました。
bioremamagao_320.jpg

輪郭選ぶとき、丸いの選んだら、これもしかして子供用だったかも・・・
あんまり似てないような気もするけど、まあ、雰囲気ってことで。

男性用もあるよ~↓
ビオレママ顔メーカー

2012年07月28日 (土) | 編集 |
第6章 心と身体の相互関係:過去の記憶と現在の知覚の関係から考える

※キーワード
○生きるという根本動機
○幻影肢
○様々な感覚野間の相互作用が記憶されていること
○「記憶のリンク」と感覚入力の相互作用
○感覚の空虚な形態と感覚印象との相互覚起


「この薬はいつも効く」-物が心を決める(物質主義)
「病は気から、気のもちよう」-心がものを決める(精神主義)

現実に存在する、「あの人の言葉に傷ついた、あの人の笑顔は私を元気にする、など、不快感や快感に染まった感覚や感情の世界を生きる身体」 について、どうしてそういう気持ちになるのか、どうすればそうなる&そうならないのかを解明するのが脳科学で、不快感や快感が”そこにある”ということと、その感じを○○だから悲しい、××で嬉しいと知覚することの違いを、ひたすら言ってるのが現象学・・・なのかな?

なんか、漠然としてて掴みどころのない話に感じるのは、もともと掴みどころのない気持ちの話をしているせいか、それとも私が実は興味ない話だからか(汗)

そこにあるお茶の入ったグラスを持って口元へ持っていき飲む時。
グラスを持ち上げる力加減、口元へ持っていく動作、どれくらいグラスを傾けてどれくらいお茶を飲むのか。
それを今、無意識に出来ているのは、生まれてからこれまでの経験と記憶によるものだと思う。
もしもものすごい暴風雨の中でそれをするとか、無重力空間へ行ってするとか、そういうことになれば、私の今までの経験や記憶はあてにならないものとなって、無意識にそれをすることはできないと思う。

過去把持、未来予持は、自分がこれまでに経験した中で考えられる安定した状態で、無意識にされるものなんじゃないかっていうシンプルな話だと思うんだけど・・・
前に受けた面接授業で、先生と「タバコのマークを見てなんでタバコってわかるのか?」っていう話をした時のように、先生は面倒くさい考え方と言い回しをする。
それは今まで見たり聞いたりしたことで想像できるからじゃないですか?といくら言っても、「私にはわからない」を繰り返すだけだった。
話の矢印がまったく噛み合ってない感じ。
私が哲学に向いてないってだけの話かもしんないけどね(汗)

2012年07月27日 (金) | 編集 |
今年のグリーンカーテンがやっと育ってきました。
初夏に幼苗をダンゴムシに食べられて、今年は間に合わんかも・・・と思っていたけど、育ち始めたらぐんぐん伸びて、やっと半分くらいまで。
植物によっては上まで届いています。

スズメウリ  スズメウリマクロ
これは、今年初めて使ったスズメウリ。
10円玉くらいの大きさの小さいスイカみたいな実がなって、その後赤くなります。
食べられないけど、蔓ごとドライにして飾れるみたい。
葉っぱが大きいし育ちも良いのでグリーンカーテンにピッタリかも。

おもちゃカボチャ  おもちゃカボチャの実
その他は青と白の朝顔と、おもちゃカボチャ。
カボチャの葉っぱは大きいのでグリーンカーテンに良さそうと思ったんだけど、実が大きいと大変そうなので、小さいおもちゃカボチャにしてみました。
最近、実が付き始めたから、育っていくのを見るのが楽しい~!
朝顔は斑入りの葉っぱのを一種類入れました。

ゴーヤゴーヤも最近、ぐんぐん茂ってきています。
花が咲いてるけど、見たところ雄花ばっかりのような気が・・・
実付きの良くなる肥料をあげなあかんのかな。

■2012年のグリーンカーテン(○は7月27日時点で上まで届いている植物)
○スズメウリ
○ゴーヤ
○山芋
△朝顔(ニ種、青花と斑入りの白花)
△おもちゃカボチャ
△風船かずら
△豆(華厳の滝)
△バナナパッションフルーツ

2012年07月26日 (木) | 編集 |
第5章 身体をめぐる脳科学と現象学、因果と志向性

※キーワード
○触れる身体と触れられる身体
○随意運動と不随意運動
○「遠心コピー」と未来予持
○何かに向けられた志向性
○脳科学と現象学の方法
○因果関係

自分で自分をくすぐるのと、人にくすぐられるのとでは、くすぐったさが違うことについて

~現象学では~
自分でくすぐる場合には、過去の経験からくすぐることがどういうことかが未来予持によって予測されていて、それにピッタリな感じが予測通り与えられるからくすぐったくなく、他人にくすぐられる場合にくすぐったいのは予測が立っていないからだそう。

~脳科学では~
遠心コピーとしての予測が、実際に与えられる感覚入力よりも早く感覚受容領域に待ち構えていて、くすぐったいという感覚入力を抑制するか打ち消すので、世界が安定し、くすぐったくない。

○何かに向けられた志向性
受動的志向性としての未来予持とは
気づかずに、無意識にしていた未来予持、何であるかを意識しない未来予持のこと

能動的指向性としての未来予持とは
これが何であるか?という時のように、意識して知覚する時の未来予持のこと

受動的運動感覚とは
意図せずに自然に本能的に起こってしまっている運動感覚のこと

能動的運動感覚とは
動かそうという能動的な運動の際に感じる身体が動く運動感覚のこと


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んー・・・
先生は、現象学でいう未来予持による予測と、脳科学でいう遠心コピーによる打ち消しとが違うというけれど、私には同じとまではいかなくても似たようなものと思える。
それに、他人にくすぐられる場合も、他人にくすぐられるとはどういう感じか過去の経験から分かっているから、未来予持できそうなものだと思う。
これは教科書の例がイマイチだったんじゃないかなあ?
理解しづらい。

「脳科学では、因果関係、客観的時間軸で説明をする」
「現象学は、因果関係で説明をしないで、自分に与えられている意識現象に注目する」

虫歯の詰め物がとれた時、舌で触って感じる穴の大きさと、実際鏡で見る穴の大きさについて、脳科学では、これくらいの大きさであればこれくらいの詰め物が必要といった客観的ものの見方をするのに対し、現象学では舌で触った穴の感じや大きさの感覚に注目する、無意識に舌で触っている時と、意識して穴の大きさを確かめるために触っている時の感覚の違いの話をしてるってことかなあ?

やーやーこーしーいー!


2012年07月26日 (木) | 編集 |
第4章 「出会いのとき」から生まれる心の時間と時計の時間

難解、難解、難解ー!!!
挫折しそうです、先生!!!

先生が急に、「頭の中の日干しは、カルシウムを含んだ骨でさえなくなった、抽象化された日干しです!食べられない日干しですっ!」と言ったり、瞬間瞬間の積み重ねを説明して「汚れちまった悲しみにぃ・・」と中原中也の詩を読み出した時には、「え・・(汗)」と少し引いてしまいました、ごめんなさいw

※キーワード
○主観的時間(個人個人が別々に各自の諸感覚を流れる時間)
○客観的時間
○出会いのときと場所
○感覚と知覚の違い
○瞬時という幻想
○ゼノンのパラドックス(逆説)

○主観的時間とは
個人個人が別々に各自の諸感覚を流れる時間のこと

○客観的時間とは
時計で測る時間、カレンダーの時間、天文学や物理学で説明されている時間のこと

○出会いのときと場所
Q:主観的時間と客観的時間のどちらが本物か?

~ブーバーくんの答え~
「本物は、客観的ではない、また主観的でもない、出会いのときだ」
「祈りが時間の中にあるのではなく、時間が祈りの中にあり、
犠牲が空間の中にあるのではなく、空間が犠牲の中にあるように、
そしてこの対応を逆にすれば事柄の現実性が消去されてしまうのと同様に、
私が汝と呼びかける人間に、私はいつかある時、
どこかある場所において対面するのではない」

要するに、時を忘れて真剣に祈る時に本当の時間が生まれ
どこで行っているのか忘れるくらい一心に犠牲を捧げる時に
その人が生きる本当の空間が現れる・・・ってことらしい。

~ハイデガーくんの答え~
「訪れることになる未来の死に向けて自分の生き様を決めろ」
”いつかは死ぬ自分”という見方から、本物の”本来的な時間”を考えようとする

~フッサールくんの答え~
他の人と共に体感できる、人と人とのあいだを流れ、人と人とを結びつける
「共感の時間」(出会い)から、主観的時間と客観的時間が出来上がってくる

○感覚と知覚の違い
感じ分けるのが感覚(チクチクする、柔らかい、など)
何であるか分かるのが知覚(たわし、猫の毛、など)

○瞬時という幻想
時間は瞬間瞬間の積み重ねである
時を止めることは、頭の中だけでできること
頭の中のものは、抽象化された、時を無視した点と線と面であり、現実にはない

○ゼノンのパラドックス(逆説)
AとBの間を飛んでいる矢は、AとBの間の無限数の点の集まりを飛ぶことができるはずがないので、飛んでいないという説
点が見えるはずないのと同様に、飛べるはずがない

現象学は、意識に明証的に与えられていることを出発点にしているので、
飛んでいる矢も、実際に動いていない光の点が動いているように見える仮現運動も、
自分に直接意識されている明証性を持つとされる

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結局、この難解な授業が言いたいのは・・・

夢中になってる時(出会っている時)は時間も空間も意識されていなくて、その(出会いの)後、ふと気がついた時に、自分がどこにいてどのくらい時間が経ったのかがわかる、ってことなんやろか・・・?

にしてもブーバーくん、ハイデガーくん、フッサールくんは熱いのう。
友だちじゃなくて良かったw
この暑いさなか、哲学的に絡まれたら暑苦しくてかなわんからなあ。
哲学は秋から春までの季節ものって気がするわ(笑)

2012年07月25日 (水) | 編集 |
第3章 「過ぎ去りつつ残るもの」と「気づかれない予感」

各自に直接与えられている「感じ」や「考えの仕組み」を、各自の内面にどのように与えられているかを、はっきりさせようとするのが現象学。
視角、聴覚、触覚、運動感覚などの感覚において、無意識と意識している時(変化を感じる前後)の時の流れの仕組みについての説明が丁寧にされていて、ほほう、と思った。

次の4つのキーワードについて、今回も、じっくり(ねっとりw)説明。
○感覚の変化と時の経過
○仮現運動
気づかない以前が残ること、過去把持(かこはじ)
気づかずに予感する、未来予持(みらいよじ)

過去把持とは
「サクラ」という音のつながりを聞くとき、「サ」の次に「ク」を聞いたときにはもう、前の「サ」の音は聞こえていない。
「サ」を「ク」の前に、「ク」を「ラ」の前にそのまま記憶に留めておくのを過去把持という。

「つるつる」か「凹凸」かで言えば、最初の「つる」が残って次の「つる」がきて、つるつるだと思い、最初に「凹」がきてその感覚を保持したまま「凸」が来れば凹凸だと思う。

未来予持とは
ある状態を意識にのぼらせることなく予感していること
歩いていて何かにつまづいて転んだ時、歩いている時に「地面の平坦さとその硬さ」を無意識に予感していたことになる
転べたのは、意識にのぼっていない予測があって、体重をその足元にかけたから。

本を読んでいて停電になったとき、気に留めていなかった電球の明るさと停電の暗さに気づく。
電球の明るさは無意識に、過去把持されていて、未来予持されていた。

仮現運動とは
パラパラ漫画や、左右の小さな電球を別々に点滅させると、ある速さから左から右へ光が動いているように見える現象などのことを、仮に運動として現れているという意味で仮現運動という

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哲学から他の学問が次々に分かれていった・・・っていうの、なんとなく理解できる。
今回の過去把持や未来予持、それから仮現運動についての不思議を解明していくのが、脳科学とか医学、心理学なんかになるのかな。
教科書に、「今述べたことは、単なる理屈、悪く言えば、屁理屈、言葉の綾、言葉をひねくり回している哲学屋の戯言、かっこよく言えば、形のないものをめぐる『形而上学的思弁』と批判する方がいらっしゃるかもしれません」と書いてあったのが笑えたw
やっぱりそういう風に言われること、多いんだろうなあwww

言われてみればー、そういえばよく考えてみるとー、だけど別にそんな深く考えなくても?・・みたいなことだもんね、哲学って。
でも、何でも考えることから始まるからね。
こういうことを考えるのも、無駄ではないと思う。
時間があればw

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