写真、短歌、日々の思ったこと。
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2012年09月27日 (木) | 編集 |
寿のシールで閉じた封筒の中はあたしの知らない世界


■題詠blog2011「043:寿
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2012年09月11日 (火) | 編集 |
280円文庫。
ヴィヨンの妻、秋風記、皮膚と心、桜桃の短編四つが収録されています。

四編と巻末のピースの又吉さんのエッセイを読んで、一貫して思ったのは、ずいぶん生きにくい生き方をしているなあ、ということでした。
登場人物の誰も(と、又吉さんも)が、こうあるべき、こうである方が良いと思っている自分と実際の自分のギャップや周囲の目に縛られています。
勝手気ままにしているように見える「ヴィヨンの妻」の夫の大谷さんでさえ、完全なる自己中人間になりきれてなく、生きるのが苦しくて苦しくて仕方がないようです。

「桜桃」では、重苦しい現実である家族を家に残して酒を飲む場所へ(逃げて)来てしまった”私”に桜桃が出され、”私”は桜桃など見たこともない自分の子供を思いながら、それを不味そうに食べ、『子供よりも親が大事』と心で呟く・・・というシーンがあります。
又吉さんは、この最後の文章が大好きだそうで、『家に帰れば良いだけじゃないか、と思える人はある点において幸せであり、だが、きっと自分が気付いていないところで無自覚に人を傷つけて来た人だとも思う』と書いています。
私はこの又吉さんの言葉に半分は頷き、もう半分は残念で悲しい気持ちになりました。

人に気を使いすぎて自分を追い込んでしまう人は、確かに優しい人だと思います。
とても優しくて、そして弱い。
弱さからギリギリまで自分を追い込んだ末、ふと逃げてしまうのだろうと思います。
自分でも分かっているけど、どうしようもなく、そうなってしまうのでしょう。
逃げつつも、逃げた自分を心底嫌い、桜桃を子供に食べさせてあげたい(理想の)自分と、逃げている現実の自分のギャップに苦しんで、投げやりになり、桜桃を不味そうに食べながら「子供よりも親が大事」と呟く気持ちもよくわかります。
分かるけども、それでも私は、家に帰れば良いじゃないか、と思います。
そう思える自分が幸せだとも思うし、きっと自分が気付いていないところで無自覚に人を傷つけているだろうな、とも思います。
そこは頷けました。

ただ、自分が気付いていないところで無自覚に人を傷つけているのは、家に帰れば良いじゃないかと言える人だけではないと思うのです。
優しくて弱く、帰れない、人を傷つけてしまっていることを自分は自覚してやっているんだ、と思っている人も、自覚していない部分でも更に人を傷つけていると思います。
弱い人、繊細な人は、その弱さや繊細さをもって無自覚に人を傷つけます。
弱い人だけが傷つくのではない、繊細な人だけが傷つくのではありません。

ハッキリ言えば、自覚があるかないかを言うのは無意味です。
自覚のあるなしに関わらず、人を傷つけない人などこの世に存在しないと思います。
完璧な聖人であっても、その清らかさや正しさでもって無意識に凡人を傷つけるし、神や仏でさえ、人を傷つけたり争わせたりします。
話が逸れ気味になってきたけれども、私が言いたかったのは、とにかく日本人は真面目すぎるということです!w
真面目だし、優しすぎる。

こうあるべき、こうである方が良いと思う自分に縛られて、現実の自分とのギャップに苦しんで生きるのがつらかったり死にたくなったりするなんて本末転倒です。
辛そうな人を見てると、周りまでしんどくなるのです。
だからと言って自殺されたりしたら、救えなかったことが周りの人の一生の傷になるので迷惑です。
そんなくらいなら、こうあるべき、な人じゃなくて良いと思うのです。

「ヴィヨンの妻」の大谷さんの奥さんは、その辺のバランスを上手にとっていて素敵でした。
旦那さんがあんなんでも、家がそんなんでも、坊やがこんなんでも、その日初めて会ったお客さんに体をけがされようとも、『人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きてさえすればいいのよ。』で毎日を過ごしてゆくのです。
奇妙に笑う自分の子供を見て『我が子ながら、ほとんど阿呆の感じでした。』って、母親だからって自分の気持ちにまで規制をかけない、素直にそのまま思うところがすごいな、と思いました。

2012年09月07日 (金) | 編集 |
好きな人に、異性として好きとまではいかなくても、人として好意を持ってもらうのは、実は簡単なことではないかと思う。

1、自分を含めた全ての人に対して平等な視点でものを見ること
2、20%~50%くらい、好きな人に対して優遇をすること

1をクリアした上で2をされて、その人に好意を持たないことは難しい。
平等であるはずの信頼おけるその人から優遇されるなんて、とても気持ちの良いことだから。
基本1なので、もしも自分が間違っていたときは優遇ゆえのやんわりさでもって諭してくれるに違いない。
そういう人は自分の中で、”普通の人”や”どうでも良い人”よりは”大切にしたい人”となるように思う。

Aさんが、好きな人に好き好き言い続けてこっぴどく振られたのだけども、誰が見てもそれは最初から無理な恋だったと思う。
まず、1がまったくもってできていなかったことが第一の敗因。
本人は自分が1を出来ていたと思っているようだけど、それが実は大きな勘違い。
視点が一方向だったことに気づいていなかったのが痛いのである。

1の、自分を含めた全ての人に対して平等な視点でものを見ること、というのは、相手の立場に立って相手の気持ちを考える、ということでもある。
自分に感情があり、したいことしたくないことがあるように、相手にも相手の立場や思いがある、ということが根本にある。

Aさんは好きな人には好き好きと押しまくっていたけれど、自分に近づいてきたBさんのことは、「寄って来ないで欲しい」、「同じ空気を吸っていること自体気持ち悪い」とケチョンケチョンに言い捨てていた。
自分→好きな人への思いは、Cさん→自分への思いとは別物と思っていたかいないかは分からないけれど、平等とは程遠いAさんなのだった。
Aさんの好きな人がCさんと友だちだったこともあり(Aさん既知)、当然のごとくAさんは振られた。
そりゃそうだろう、と思うけど、本人は気付いてない。

上記の例は極端だとは思うけど、人を好きになるとなんでか人は平等な目というのを失いがちになるようだ。
好きな人に冷たくされている人、ウザがられている人は、なんで冷たいの?と思う前に、自分を振り返って見たほうが良いと思う。

好きな人の気持ちを、自分本位に変えようとしていないか?
良かれと思っているそれは、本当にその人が望んでいることか?
自分の気持ちを一方的に押し付けていないか?
相手の立場や思いはもちろん、その時の状況や体調を考えているか?
逆に好きな人に気を使いすぎて相手にも気を使わせていないか?

一生懸命になることは素晴らしいことだと思うけれど、自分や周りやあろうことか好きな人の思いを見失ってまで一生懸命になるのは逆にとっても見苦しい。
好きになってもらえるはずがない。
恋愛相談でもよく、「視野を広くもって」とか「好きになってもらえる魅力的な自分になろう」とか、ほら、あるじゃないですかw

まずは1。
客観的な視点を(基本的に)忘れないようにしたい。
(基本的に)と書いたのは、時々、たまーに忘れて自分本位になる程度なら、人間らしくて私は好きだなって思う、個人的な趣味からです(笑)

ということで、エラソーに書いてみました。
ちなみに私、恋愛はそろばんで言うところの3級くらいかと自分で思っとりますwww

2012年09月05日 (水) | 編集 |
面白かったです。
たぶん、ネットで誰かのブログかどこかのレビューを見て衝動買いした本。
唐突な引用が多く、内容も深く、主人公の職業や生きている世界(雑誌編集長)が私の日常とは重ならない部分もあるので、読むのに時間がかかりました。
途中忙しかったのや、じっくり思考しながら読みすすめたのもあるけど、それにしても時間がかかった・・・。

この本を読み始めたのは、ツタンカーメン展の入口で2時間待ちの行列に並んでいた時。
最初は普通に読み始めたのだけど、”フジサキリコ”が部屋に入ってきて、”僕”が「すぐに始めますか。それとも少し一緒にお酒でも飲みますか?」と言ったくらいから、これはツタンカーメン展の入口で大勢の人に囲まれながら読む本じゃないな、という予感はしましたw
予感は当たって、その後すぐ、人ごみの中では本を大きく開いて読めないようなwww話になっていきました。

この本を読んで、一人の人間の人となりを見る時、その人の性の部分を知ることはとても重要なのかもしれないと思いました。
いやらしい意味じゃなくて、ていうか、いやらしい意味も含めてw、人にはいろんな顔があり、その中には必ず性的な部分が含まれていて、そこって結構本質的な部分、その人の根っこに関わる部分だと思うのです。

本は、小説だけど小説じゃないような、すごく面白い本です。
世の中の、綺麗なところと汚いところは表裏一体になっていることとか、目に見えている物事の向こう側に、知らなかった多くの問題があること、日常、こうやって過ごしていることが見ぬ振りの連続であることについて、考えさせられる本でした。

時間と気持ちに余裕がある人や、とにかく活字中毒で読みたい病の人は一度読んでみてください。
この本を読んだ他の人の感想にすごく興味があるし、この作者の他の本も読んでみたくなりました。
知りたい病を発症し、白石一文さんをTwitterでフォローしましたよーww
「今何読んでるの?」って訊かれた時に、タイトルを言うと引かれるんじゃないかとw、ちょっと躊躇してしまうタイトルではあるけれどw、なんかほんと、私も、「この胸に深々と突き刺さる矢を抜きたい」と思う今日このごろです。

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