写真、短歌、日々の思ったこと。
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2008年10月18日 (土) | 編集 |
  

 「ノルウェイの森(上)(下)」
 村上春樹
 文藝春秋
 2005年8月25日発行
 1680円

昔、この本が大ブレイクした頃に、確かぷ~ち。に借りて読んだことがある。
この間、はっぱさんのブログで紹介されているのを見て、もう一度読んでみようと思い、今回はブックオフにて購入、再読書。
はっぱさんは、この本が本好きになるきっかけになった本だ、というようなことを書かれていたんだけど、実は私は内容をあまりハッキリと覚えていなかった。
というか、ねじまき鳥のほうと混ざっていたような・・・。
今でもなんか、記憶が交差(交錯?)してて、変な感じ。
ノルウェイの森も、ねじまき鳥も、湖底にあるのは同じ泥ですよね?たぶん。

感想はネタバレを含みます。
そして、思ったそのまま書いているので意味不明かもしれません><
読み終わって、あーそうだった、この感じ、前にもこういう風に思った。
・・・って思ったw
解釈は人によって違うだろうけど、書いてみよう。

心とからだの矛盾が心を蝕んでいくのだと思う。
自分の中のこうしたいのに出来ない、そうじゃないのにそうなっていく悲しさが、読んでて苦しくなる。
ノルウェイの森では、愛や性についての心とからだの矛盾がテーマになっていたように思うけれど、その他にも心とからだの矛盾はある。

人から見た(こうあるべき)自分と本当の自分、自分の立ち居地と立っていたい場所の食い違いなど、社会の中で生きていく時、きっと誰もが感じることのある矛盾や食い違いがある。
生きていくというのは、その矛盾や食い違いについて、どこまでギャップを埋める努力ができるか、我慢して自分を殺すことができるか、諦めて(むしろ楽しんだりなんかして?)ニ面性を秘めて生きるか、そういうようなことだと思う。

ノルウェイの森に出てくるような、愛や性についての心とからだの矛盾は、一番人に言いにくい部分だと思う。
私は初めてこの本を読んだ時、直子は未来に失望して死を選んだのかも知れないけれど、私は未来はあると思っていた。
心とからだが1つになる時は来るんじゃないか?
まだ諦めて死ぬには早いんじゃないか?と思っていた。
ワタナベ君も、そうだったんだろう。
彼には緑という、新しい輝く未来の兆しもあったし。

だけど十八年後のワタナベ君が今もなお迷子のままで、バラバラな心とからだを一生懸命1つのワタナベ君に保とうとしているように、私の心とからだもバラバラなままだ。
ワタナベ君がなんで生きていられるのかは分からないけれど、そんな状態で私が生きていられるのは、生きているのと死んでいるのの差は、おいしいものが食べられること、やりたいことが出来ることだと思っていて、そういうことにまだ価値を感じていられるからだ。
自分と相手、2人共の愛と性がひとつの矛盾もなく1つになる人は、人間という生き物としてとても幸福だと思う。
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コメント
この記事へのコメント
りうさんこんにちは
読み返されたのですね

この本の帯は確か金色だったはず・・・と思ったら
この画像は文庫本なのですね
やっぱ金の帯がいいなぁ~w

私は2度ほど読んだのですが りうさんが書いてあるように 湖底の泥に沈んでいく気分になります
喪失の沼
だから 自分が元気な時でないと読むと危ないw
死は案外身近で ひょいとあちらに行ってしまいそうな危うさです
直子もキヅキもハツミさんも 大きな悩みを抱えて苦しんで死を選んだというよりも 
もういいや~って ぴょんと何かを越えてしまった
そういう感じがしました

性に関して 私はあまり気にとめなかったのですが
コミュニケーションって 言葉や表情やしぐさで表すものだけど
男女の愛はSEXというコミュニケーションの方法があるわけで
しかもそれが一番幸せな方法だったりするものだから
愛する人とそれが出来ないのは不幸ですよね・・・
男の人はコミュニケイト以外に 本能の部分もあるし(女もそうかもしれませんが)
ワタナベくんは そのあたりでも苦しんでいるのでしょうね

でも彼は 最後にボロボロになりながら旅に出て ちゃんと自分で決着をつけました
ああいうところが 村上春樹の小説に出てくる主人公の好きなところです
めちゃめちゃネタばれですね~w みなさんごめんなさい
2008/10/18(Sat) 16:37 | URL  | はっぱ #-[ 編集]
■はっぱさん
こんばんは。

>やっぱ金の帯がいいなぁ~w

ですねw
文庫も金帯にすれば良いのに、出来なかったのかなあ?

>死は案外身近で ひょいとあちらに行ってしまいそうな危うさです

そうですね・・・。
私は、きっかけは母でした。
一番身近で、絶対的存在だった母が病気であっさり死んでしまって、その後この十年の間に、親戚の叔父さん、大切な家族だった猫、仲の良かった母の元カレなど、幾つかの大切な命を失いました。
猫は17歳だったのでお年寄りでしたが、人はどの人も50代行くか行かないか、まだまだ元気でいるはずの、私の中では死ぬはずがない人たちでした。

小説に、死はすぐそばにあるって書いてありましたが、私にとっても死はまさにそんな感じです。
人って簡単に死を手にすることが出来るんだなって思います。
1人1つしかないし、私は美味しいものや貴重なものは後で食べるほうなので、今手にはしませんが(笑)。
力いっぱいがんばっても、人生120年しかないですし、どうせみんな100%死ぬんだし、はっぱさんも、どんなに弱っても、自分でぴょんと超えるなんてもったいないまねしないで下さいねw

>でも彼は 最後にボロボロになりながら旅に出て ちゃんと自分で決着をつけました

私はワタナベくんの決着を、なんて中途半端な!と思いました。
ワタナベくんは直子のことを待てないくせに待とうとして、忘れるくせに忘れないと言って、決着をつけたくせに18年も経ってるのに直子を忘れてしまうことに苦しんで、自分の立ち居地が分からないまま。
サラ~っと忘れて(割り切って)自分だけ幸せになる人のほうが断然ましです。
決着を台無しにするワタナベくんに、自分が重なってイライラしましたw
はっぱさんみたいに暖かい目で見てあげられない自分にため息です。
はぁ~・・・
2008/10/20(Mon) 00:16 | URL  | のさかりう #uv1XZDJs[ 編集]
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