写真、短歌、日々の思ったこと。
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2008年11月23日 (日) | 編集 |
 「愛し続けるのは無理である。」
 内館牧子
 講談社
 2005年9月30日発行
 1470円

 図書館で借りました。
 こんなタイトルだけど、
 恋愛についてばかり書いてる本では
 なかったですw
 脚本家の内館牧子さんの
 普通のエッセイでした。
 

「愛し続けるのは無理である。」という題名にしたのは、たぶん、インパクトのある題名の方が売れるからだと思うw
前書きの部分にこう書いてある。

『子供を愛し続けることはできる。だが、1人の男や1人の女を、生涯ひたすらに脇目もふらずに、恋愛時代と同じように熱く「愛し続けるのは無理である。」と考える。むろん、「愛」の形や温度が変化しつつ、「大切な人」として深い縁を契り続けることはできる。それも「愛し続けること」ではあるが、そこに至るまでにはお互いに相当な努力と犠牲を払ったことだろう。ひとつ間違えば「別れていた」かもしれないと、そう思う人も多いのではないか。』

私はずっとこのブログや人様のブログのコメントなど(その節はすみませんでした)で、愛って何?とか、冷えかけの好きを存続(あるいはあわよくば再熱)させる努力は必要か?といったことを散々書いてきたけれど、実は、「愛し続けるのは無理である。」とは思っていない。
ただ、「愛し続けるのは、無理と言っても過言でないほど難しい」と思っている。
内館さんが、どういう根拠でそう言い切るのかが書いてあるのかと思ってこの本を借りたんだけど、残念ながらこの本にはその根拠が書いてなかった。

相手を愛し続けるには、自分の努力というよりも、相手の努力が必要なのでは?と思う。
そして片方が愛し続けることが出来ても、もう片方が冷めてしまったのでは不都合が多いwので、まさに内館さんの言うように、お互いに相当な努力が必要なのだと思う。

さて、ひとことで努力と言っても、どんな努力を、どれくらいすべきなのか。
それは人それぞれの感覚による、ということが問題だ。
愛が始まった時点でピッタリだった二人の感触が、年月を経て、努力を忘れたり考えが変わったりして次第にずれていくことも多い。
取り返しのつかないほどずれる前に微調整する努力、相手が何を望んでいるのかを観察し、そこから自分が大幅にずれないようにする努力、そういう努力をし続けないで、相手にずっと愛されようなんて甘いと思う。
それは別に、胃がキリキリするほどの努力をしろと言ってるわけではなくて、お互いに相手の事を認めているならば、共感し、自然に、自分もそうなりたいと歩み寄るように努力できるものなんだろうと思う。

お互いがタイミングよく出会い、相手を認め合え、一緒に生活しても息が詰まることなく努力でき、愛し続けられる関係というものを手にしている人がいるならば、それを絶対に手放すべきじゃないし、今後も努力していくべきだと思う。
それはほんとうに、宝くじに当たるよりもラッキーな、奇跡の出会いだと思うから。
スポンサーサイト

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。