写真、短歌、日々の思ったこと。
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2009年01月22日 (木) | 編集 |
 「ショートソング」
 枡野 浩一
 集英社
 2006/11発行
 550円

 借りて読みました。
 登場人物が短歌を詠む青春小説。
 使われている短歌は作者を含め、
 実在の歌人が詠んだ歌だそう。


枡野さんが、「本を借りて読んだ人が、堂々と借りたと書いて感想を書くのは好きではない(下品?)」と書いているのをどこかで読んだ気がしますが、私はそういうのを下品ではなく堅実なのだ!と平気で言う人間ですw
まず図書館などで借りて読み、手元に置いておきたいと思う本だけを買います。
例えば、東野圭吾さんの「秘密」とか。
・・・って話はどうでも良いかw

■追記■
枡野さんの言っていたことは、私が上に書いたことと少しニュアンスが違っていたようです。
詳しくはコメント欄をご覧下さい。

以下、この本の感想です。

短歌の作者がその歌を詠んだとき、どこでどんな状況で何を思っていたのか?
普通は知ることが出来ないその部分を知ることが出来るという面で、この本は面白かったと思う。
本に出てくる短歌の作者は登場人物自身ではないし、この本の著者が作者でない歌も多い。
本の中の状況が、本当の短歌が詠まれたときの状況や気持ちと違っているものもあるだろうとは思う。
でも、登場人物の状況や心境は、その歌に対する解釈の一つではある。

ストーリーについては、「青春ですね」のひと言に尽きる。
プレイボーイとチェリーボーイ、二人の視点から交互に書かれているので、同じ状況での二人の思いの違いやすれ違いや勘違いなどがエスパー目線で楽しめて面白い。
だけど小昔に流行った、趣味は「カフェと雑貨屋めぐりです」のような人たちのカリスマになりそうな伊賀さん(登場人物のプレイボーイのほう)のキャラが、私としてはちょっと痛かった。
友達からお土産でもらって、私もファンになった加賀棒茶が本に何度も出てきて、カフェで加賀棒茶飲むか~!絵に描いたようなオサレやな、伊賀さんwwなどと思ったり。
ポーターのかばんとか持ってそう・・・と思っていたら、本当に出てきたのでちょっと笑ってしまったw

吉祥寺付近に実在するカフェがたくさん出てきているようで、そのカフェで本に出てきたメニューを注文するという楽しみ方も出来そう。
2年前の本なので今も実在するお店かどうかは不明だけど・・・。
私は田舎者なので本に出てくるカフェに行きたくても行けないけど、一軒だけ知っているお店が出てきて、お!と思った。
鎌倉の、カフェ「樹」。
入ったことはないけれど、台湾リスがうろちょろしていてとても可愛かったのを見たことがある。
本にはサイフォンでいれてくれるブルーマウンテンとピザの話が出ていた。
今度鎌倉に行くことがあったら、お店に入ってみたい。

本に載っている短歌で好きだと感じたものは以下の8首です。

それなりに心苦しい 君からの電話をとらず変える体位は(佐々木あららさん)
焼きたてのパンを5月の日だまりの中で食べてるようなほほえみ(篠田算さん)
庭先でゆっくり死んでゆくシロがちょっと笑った夏休みです(佐々木あららさん)
最後までいかずに眠る僕たちのつながっている部品いくつか(枡野浩一さん)
今すぐにキャラメルコーン買ってきて そうじゃなければ妻と別れて(左藤真由美さん)
それはもう「またね」も聞こえないくらい雨降ってます ドア閉まります(笹井宏之さん)
いつまでもおぼえていよう 君にゆで玉子の殻をむいてもらった(宇都宮敦さん)
だいじょうぶ 急ぐ旅ではないのだし 急いでないし 旅でもないし(宇都宮敦さん)

歌から私が感じた(想像した)ことと、登場人物の状況や気持ちが違っているものもあった。
歌を読んで自分でその歌の背景を想像し、それから本を読んで見るのも面白いと思う。
正解っていうのは、ないんだけどもw

佐々木あららさん、宇都宮敦さんの歌集を読んでみたいと思った。
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コメント
この記事へのコメント
私も図書館は利用しますよ。
私が書いたのは、
「この本はつまらなかったけど、
図書館で借りて読んだからいいや」
「ブックオフで100円だったからいいや」
みたいなことを
「やけに自慢げに」書く人が嫌い、
といった意味の文章です。

ある好きなバンドに、
女にふられたけどブスだからいいや、
みたいな意味あいの、
負け犬の遠吠えをする歌があるんですが、
その歌の主人公と、
似た心根を感じるんですよね。
2009/01/22(Thu) 10:23 | URL  | 枡野浩一 #ZiFSVo0Q[ 編集]
こんばんは、初めまして。
コメントありがとうございます^^

なるほど、私は少しニュアンスを違って受け取っていたかも知れないですね。
でもこんな微妙な感覚の話を見逃せないなんて、枡野さんは根っこから歌人なんだな、と思いました。
文字だけだと嫌な感じに取られてしまうかも知れないけれど、嫌味で言ってるんじゃないです。
私も微妙なところが気になるたちなので、長くなると思いますが、書きますw
(いつもレスが長いんです、ごめんなさい)

「ブックオフで100円だったからいいや」を「やけに自慢げに」書くって、「面白くなかったけど、100円だったからまあ許す!」とか「つまらない本だったし、買わずに図書館で借りて正解~(笑)」って感じでしょうか?
「面白くなかったけど、100円だったからま、いいかw」程度だったら「やけに自慢げ」じゃないですよね。

どれも「面白くなかった」ということと「100円だったから(借りて無料だったから)懐が痛まなくて良かった」という事を、言い方を変えて言っているだけだと思いますが、ものの言い方や言葉に敏感な人なら、その言い方が言った人の人柄のイメージにまでひびくのかも知れません。

・・・と、ここまで書いてからやっと私の意見を述べさせてもらいますが、私はこれは消費者側からしてみると、負け犬の遠吠えなどではなく、ごく普通のその本に対する対価についての感想だと思います。

作者の素晴らしい作品を感じ取れなかった読者がこのような評価をしているという場合もありますが、それでもその人自身の評価ということには変わりありません。
その人はただ単に本当に、「こんな面白くない本に高いお金を出さなくて良かった~」と思っているのでしょう。

もっと大袈裟に言うと、「こんな本に高いお金を出さなかった私は賢い!」と自慢しているのかも知れませんが、それに対して私は別に、負け犬の遠吠えのような心根は感じません。
例えばそれが私が感動した本の素晴らしさを感じ取れなかった人だったとしても、です。
私がその本に感動したことはあくまで私個人の感覚でしかないですから、どちらが勝ちとか負けとか思えないのです。
感動したもん勝ちというかw、人生に感動は多いほうが楽しいので、そういう意味で勝ちって考えも持ってはいますが、嫌な気持ちになるとかはありません。

例が私が出したものなので、枡野さんの嫌いだという書き方とは違っているかもしれませんね。
本を書く側と買って読む側という違いもあるのかも。

消費者は熱狂的なファンでない限り、現実的です。
私は東野圭吾さんの「秘密」や「容疑者Xの献身」を永久保存版と思っていますが、もしも誰かに「あんな下らない本にお金を出す気が知れない」と言われても「面白いのになあ」って思うだけで、「あの素晴らしさが分からないなんて!」と憤慨することはありません。
そんなだけど、自分では東野圭吾さんのファンだと思ってますw
あーやっぱりレスが長くなってるe-330

「女にふられたけどブスだからいいや」は私も負け犬の遠吠えと思いますw
枡野さんは詳しく書かれてなかったので、どのバンドの曲か分かりませんが、同じような言葉を大槻ケンヂさんの「神菜、頭をよくしてあげよう」という本で読んだことがあります。

失恋した時に、「でも、やれたからいいか」と思えばふっ切れるというようなことが書かれていました。
「女にふられたけどブスだからいいや」は負け犬の遠吠えだけど、「(ふられたけど)でも、やれたからいいか」は何故か負け犬の遠吠えに聞こえません。
なんでだろ・・・自分でも分かりませんw
そう書いているうちに、「女にふられたけどブスだからいいや」も負け犬の遠吠えじゃない気もしてきたし。

言葉の微妙なニュアンスと、それぞれの人の感じ取る心の違いって、とても興味深くて面白いです。
2009/01/23(Fri) 00:37 | URL  | ノサカ レイ #uv1XZDJs[ 編集]
何と説明されようと、
そんなことに「堅実さ」を感じる人が
大嫌い。

つまらない本を、
自腹を切って読み、
「金返せ!」と怒るほうが
断然いいと思います。

お金の節約ができたという
ところに特にポイントがない、
「友達が読めと貸してくれた」
といった書き方なら、
あまり抵抗を感じません。

お金がないから全部立ち読みした、
くらいだったら、
逆に好感が持てるのです。
せこさを自覚してる感じがするから。

無料で楽しんで、
損をしてない節約上手な賢い私、
みたいな心根がね……。

私みたいに一々正直に書かないだけで、
書き手は多かれ少なかれ、
同じことを皆、陰では言っています。

「金を払わず本を読む人」
「ブックオフでしか本を買わない人」
ばかりになったら書き手は困るのです。
(ほかの、
新刊を買って読む人がいるおかげで、
そうでないタダ読みも黙認されている、
という事実を忘れないでほしい)
そのへんの経済構造に
鈍感な感じがイヤ。

賢いどころか、愚かしい。

あなたの日記も受け取り方によっては、
「この本は借りて読んで楽しんだが
買って手元に置いておくほどは
面白くなかったです」
と遠回しに書いてあるわけですよね。
そんな感想を著者が見つけて読んだと。
それでも堂々と胸を張れると。

私だったら、いたたまれませんね。

たとえば、
この日記における短歌の羅列は、
著作権法で認められている
「引用」になるのか否か、
微妙な感じです
(引用者の「解釈」もありませんから)。
それでいて著作者がそれを
「歓迎」あるいは
「黙認」するだろうということを前提に、
書かれた日記なのだろうと想像します。

けれど、
著作者に1円も対価を払うことをせず、
そんな自分自身に一抹の
後ろめたさも感じないような人に、
そういうことをされると、
いい気分ではありません。

以上です。

あなたが短歌をつくる人で
なかったら、
こんなこと書かなかったと思います。

 仕事上聴くCDは仕事上タダでもらった音に聴こえる (枡野浩一)

2009/01/23(Fri) 02:15 | URL  | 枡野浩一 #ZiFSVo0Q[ 編集]
私はまだ読み違いをしていたようですね。
枡野さんは私の無神経さが大嫌いだと言っていたのですね、分かりました。
ですが私は、この件に関する自分の考えが無神経だとは思いません。
現時点では、プロである枡野さんに対して誠実であるとさえ思っています。

「お金を払わず本を読む人」や「ブックオフでしか本を買わない人」ばかりになると、書き手の人が困るのは、誰だって少しは想像できると思います。
ですが、そういったことを消費者によく考えろと言っても、私を含め殆どの人が書き手の真の事情や心情を知らないでしょう。
書き手側でないのだから、当たり前です。
書き手がそれを手にする一人一人の真の事情や心情を知ることがないのと同じです。
消費者はお気に入りの作家さんの本が読めなくなる日が来るまで、そのことに気付かない鈍感なままだと思います。
そしてこのことは、本の作家さんの世界に限られた話ではありません。

節約やお金に厳しいということ、枡野さんの言葉を借りていうと「せこい」ということですが、それは悪いことではないと思います。
その人が何に重点を置いているか、何にお金をかけるかは、他人の知るところではないのですから、本にお金をかけていないから、本で節約を自慢しているからと言って、私はその人の価値観はもちろん心根まで否定することはできません。
自分とは違うんだな、と思うだけです。

「お金がないから全部立ち読みした、くらいだったら、 逆に好感が持てる」とのことですが、本で節約できてそれを自慢していた人が、実はその浮いたお金を募金しているとしたら、
枡野さんはその人に好感を持つのでしょうか?
それとも、本で節約できたことを自慢する人は、どんな人であろうと全てがダメ、大嫌いなのですか?

枡野さんの誤解を恐れずに発言するところは好感が持てますし、枡野さんの好き嫌いの基準を否定するつもりもありませんが、一面だけを見てすぐに人を切り捨てるのはもったいないし、怖いと思います。

私の本棚のスペースは限られていますし、本に使うお金も無限ではありません。
申し訳ありませんが、枡野さんの「ショート・ソング」は、面白かったけれど、買って手元に置いておこうとは思いませんでした。
記事にも少し書きましたが、読んだあとブックオフへ行く可能性が低い、カフェ紹介本としても使えるという、読み捨てされない工夫がされた本だ、とは思いました。
もしも最初に買って読んでいたら、オークションやブックオフへは売らずに、次に吉祥寺へ行く際に参考にするため、置いておいたかもしれませんが、読んだものを改めて買おうとは思いませんでした。

あと、「それでも堂々と胸を張れると。」とのことですが、私は著者である枡野さんに本の感想やコメントに対するレスを読まれても、お金に「せこい」ことも含めて、恥ずかしいことは一つもありません。
ここで私が枡野さんに私の本心でない気持ちで感想を述べることのほうが、よっぽど自分に恥ずかしく、枡野さんに失礼だと思っています。

「引用」については、「本に載っている短歌で好きだと感じたものは以下の8首です。」と書きました。
この短歌をもしも私の記事で初めて読んだ人がいて、この短歌が本では主人公がどのような気持ちで詠んだとなっているのか、興味を持つこともあるかと思い、私の解釈は載せずにおきました。
変な解釈が先入観として入っては申し訳ないですし。

短歌を読んだ私が思ったように、他の歌集を読みたいと思う人がいるかも、と思いましたが、本の作者の枡野さんがいい気分ではないということですので、本に載っている短歌の作家さんの代表の方の意見もしくは忠告でしょうから、残念ですが、引用を外しておきます。

枡野さんは私にいたたまれない思いをさせようと、コメントをつけたのですか。
素晴らしく嫌われてしまったのは残念ですが、幸い枡野さんは私の好きな人ではないので、傷は浅いですw
考え方が、違うのですね。

その価値はお金ではない魂が求める気持ちそれがその価値 ノサカ リウ
2009/01/23(Fri) 09:47 | URL  | ノサカ レイ #uv1XZDJs[ 編集]
私自身が著作者として
いたたまれない思いをしたので、
コメントしました。

いたたまれない思いをしない人に、
何を言っても、
しない、
ということはわかっています。

やりとりをして、
それ以外のことも、
よくわかりました。

真に恥ずかしくないのなら、
短歌の削除もしないことをおすすめします。
そうでないと、
あなたの主張は説得力を失うのでは?

著作者がどんな気持ちになろうとも、
あなたは胸を張って
「賢い消費者」に徹するのでしょう?

「歌人」「書き手」として
同じ土俵に立つのではなく……。

ごきげんよう。
2009/01/23(Fri) 09:57 | URL  | 枡野浩一 #ZiFSVo0Q[ 編集]
本の著者である枡野さんから、書き手側の正直な気持ちを
コメントとして頂いたことには感謝しています。
本当にありがとうございます。
ですがやはり相容れないものがありますね、お互いに。

「ほかの、新刊を買って読む人がいるおかげでタダ読みも黙認されているという事実を忘れないでほしい」とありましたが、私は別に新刊を買わないわけではないです。
私のタダ読みは他の人のおかげで黙認されている、そして私が買った新刊のおかげで他の人のタダ読みも黙認されている。
黙認というか、そもそも世の中がそういう風に作られているのでしょう?
黙認したくないのなら、そのような世の中のシステムを作るしかないと思います。

繰り返しますが、私はこれまでのやり取りの中で、恥ずかしいことは何もないと思っています。
「短歌の削除もしないことをおすすめします」とのことですが、短歌を引用させて頂いて構わないと解釈してよいのですね?

本に対する考え方は全く違うようですし、枡野さんは気分を害されたようで、その点については申し訳ないと思っていますが、私は枡野さんとやり取りができたことを嬉しく思っています。

どうもありがとうございました。
2009/01/23(Fri) 10:26 | URL  | ノサカ レイ #uv1XZDJs[ 編集]
■枡野浩一さん
>著作者がどんな気持ちになろうとも、
>あなたは胸を張って
>「賢い消費者」に徹するのでしょう?

>「歌人」「書き手」として
>同じ土俵に立つのではなく……。

枡野さん、コメントを修正して書き足されると、
返事をどこへすれば良いのか困ります・・・。

私は短歌を詠んではいますが、仕事にはしていません。
一生懸命、自分の気持ちに忠実になるよう詠んではいますが、
短歌を仕事として成り立たせるような力量はないと自分で思っているから、
仕事にしていないのです。
同じ土俵に立つも何もないです。
ただ詠んでいるだけです。
短歌とはそういうものだと思っています。

歌集を出すとしたらもちろん自費出版で、記念に、程度の気持ちです。
賢いかどうかは分かりませんが、私はただの消費者です。
本でも洋菓子でも飲み物でも何でも、良いと思えば良いと書くし、
そうでないものも思ったとおりに書きます。

ですが、「著作者がどんな気持ちになろうとも」とは思っていません。
私の正直な感想を、作った人が「いい気分ではない」と感じるのなら、
残念だと思いはしても、引用を外すこともあります。

枡野さんの書き足したコメントを拝見しましたら、
書き足す前とニュアンスが変わっています。
「真に恥ずかしくないのなら 」とか
「著作者がどんな気持ちになろうとも」とか書かずに、
著者である枡野さんがどうして欲しいのかを言ってください。

申し訳ありませんが、
これから出かけますのでコメントのレスはしばらくできません。
2009/01/23(Fri) 11:07 | URL  | ノサカ レイ #uv1XZDJs[ 編集]
枡野浩一先生
横スレ失礼します。
ノサカさんのブログ仲間のDILIと申します。
(すみません、またややこしいのが出てきましたw)

この記事でノサカさんは、この本を図書館で借りて読んだとは書いていません。
あえて図書館の話題に触れることにより、隠している想いがあるのだととりましたw
誰か大切な友達から本を借りるということは、書店店員や図書館の職員から渡される以上の本に対する想いがあるということです。
短歌が好きでこの本を人から借りて、読んで感じたことや夢が膨らんだこと、いろんな人の短歌に巡り合えたこと、その楽しかった気持ちの高揚を記事にしているのだと思います。

ブログに読後感想の記事を書いて、作者本人からコメントが入るなんて滅多に経験できるものではありません。
それこそ飛び上がるほど嬉しいものです。
それだけに、少し論点がずれていて、ずれた所でノサカさんが一生懸命気持ちを伝えようとしているのは、少し哀しい気持ちがします。

著作者が気にすべきは経済構造ではなくて市場感度だと思います。
へつらわず、常に自分の感性を磨き発信して行けば良いと思うのです。
ノサカさんが良いって言った本は、結構我々も読んでますよ。
ちなみに、私が図書館を利用せずに本を書店で購入するのは、返しに行くのがめんどくさいためですw

いろいろと失礼しました。
寒い日が続きますのでご自愛下さい。
先生の益々のご活躍をお祈り申し上げます。
2009/01/23(Fri) 12:38 | URL  | DILI #/I6ykovo[ 編集]
DILIさん、こんにちは。
ノサカさんのお気持ち、お考えは、
とてもよくわかりました。
DILIさんの
お友達としてのフォローも
有り難うございました。

もとより、
私はノサカさんに
「なにかをしてほしい」
と思って
コメントを書いたわけではない。

「借りないで買ってね!」
と言いたいときは、
そう書きます。
(実際そう書いたこともあります)

私が
「短歌を削らないでいい」
という文意のことを書いたときは、
削らないでいいと
本気で思っているときです。



今回はただ、
自分がかつて書いたことの
ニュアンスを
より正確にお伝えしただけです。
へんな伝わり方をしているのが
気持ち悪くて。
いたたまれなくて。
そして、
それに対する返信も、
気持ち悪くて。

自分も図書館を利用するし、
古書店も利用します。
そのことを棚に上げる気は
毛頭ありません。

『ショートソング』は、
おかげさまで、
たいへん売れた一冊です。

でも、
私はそれまでに
売れない本を何十冊も出しました。
もう次の本は出せないかも、
という時期もありました。

一冊の本をつくるために、
著者がどんなに力をこめているか、
「消費者」なら、
気にしなくてもいいかもしれません。

しかし書き手は、
「消費者」のことも意識しています。
たとえば『ショートソング』は、
最初から文庫本として刊行しました。
若い人に気軽に読んでほしいと、
願ってのことです。

ああ、
そんな願いのことなど、
「消費者」は気にしないのでしたね。
あなたがそれでいいと思うのなら、
それでいいんだと思います。
ただ、
私はあるときは一介の消費者ですが、
つくり手のことをいつでも
想像して生きていたいと思います。



そもそも、
人はどんな感想を書いても、
いいに決まっていますよ。

ただ、
それを読んだ
「感想を書かれた当事者」が
どんな気持ちになったかを
時には伝えてもいいと
私は思っているのです。
それ以上でも、
それ以下でもありません。

私の感想を読んで、
なにか感じてくださったり、
無視してくださったり、
ご自由になさってください。

拙著の感想は、
毎日のようにネットで新たに書かれており、
そのすべてに反応することはありません。

とてつもなく批判的なものであっても、
あるいは逆に、好意的なものであっても、
読むだけで反応しないことのほうが多いです。

ノサカさんは
ある意味で一貫していて、
凄いと思います。
いい根性していますね。

最後にひとつ、
「こうしてほしい」
という話をあえて
するとすれば……。

短歌に関して、
そんなに簡単に、
自分を素人の位置に
置かないでほしいですね。
短歌はだれが詠んでもいいもので、
どんなベテランの歌より
いい一首をつくる可能性が
すべての人にあると考えるからです。



なお、
私がコメントの「編集」をしている最中に、
次のコメントが
書き込まれたことがありましたが、
他意はありません。


2009/01/23(Fri) 16:03 | URL  | 枡野浩一 #ZiFSVo0Q[ 編集]
おはようです。
この流れでなんでこのコメント?的なKYコメントでごめんなさい。

僕も読みました。
のーさんと同じく(って微妙に違うかもだけど)短歌の前後の状況や心境が読めて面白かったです。
終盤、簡単に話を盛り上げるために伊賀さんは自殺するかも、と思ったけど、著者さんが重なっててそうはなりたくないという思いがあるのか、未来に希望の持てる終わり方が良かったです。
読んでいて、著者自信がなれる理想としての伊賀さんと、なることができない理想としての国友さんって感じに思えました。
それは、ここのコメントにもある、素人・ベテラン云々からも感じ取れました。

僕は楽天で定価で買ったんですがw、今度は小説ではなく歌集ではなく、短歌入門書が読みたくなりました。
2009/01/24(Sat) 09:33 | URL  | ほきいぬ #n08XGfOg[ 編集]
■DILIさん
ちょっとバタバタしていたため、コメントレスが遅れました><
コメントの題名が「枡野浩一先生」となっているので私からのレスは要らないのかも?
ですが、します。
じゃなくて、させて下さいw

論点がちょっとずれているのは私も感じています。
私の中で今回の件は、
1.作品の内容への感想や自分の中のその作品の重要度、
2.その本の著者への敬意、
3.お金の問題
という3つのトピックに分かれています。

私は、自分の中でのその作品の重要度や、その本の著者への敬意というものを、
お金の問題と切り離して考えているのですが、そこが資本主義社会で生きる人の
悲しいところ、どうしてもそのものの価値がお金の問題と切っても切れない関係と
なってしまうのです。
また、金銭感覚や物に対する重要度(この場合、本にどれだけお金をかけるか)が
人によって違うため、話がややこしくなります。

トピックの1についての私の考えは、記事とコメントで示したとおりです。

トピック2については、私は著者を尊敬しています。
日記とはいえ、書くことや伝えることの難しさも感じていますし、
それを読み物としてまとめ、出版までこぎつける苦労は並大抵のことではないだろう
と想像出来ますので、どのような本であろうと、著者はすごいと思っています。

トピック3のお金の問題について、
私は本にかけるお金は人より少ないかもしれません。
趣味が多いし学費も掛かるし、本意外にも、もともと節約できる所はとことんして、
何かを買うときにバーンと使うほうなのです。
ちなみに服にかけるお金も少ないですw

これらのトピックについて、「ではトピック2の著者への敬意はどう示すのか、
本を買うことではないのか、買って読むまでもないと感じていてもそれを言わないこと
ではないのか」という話になると、ややこしくなってしまうのです。
そんなこと言ってたら、
「この大根80円なんてラッキ!いつもこの値段なら良いのに」とか
「これくらいのロールケーキなら自分で作れるし」という発言さえ出来ないとか、
そういう話が出てきてますますこんがらがるのです。
・・・すみません、こんがらがらせるの、もう止めます。

ブログ記事を読んでくれて、コメントを残してくれて、
更に私の紹介した本を読んでくれている人がいるなんて、幸せです。
それを知ることが出来て、とても嬉しいです。
ありがとうございます。
フォローを台無しにしてしまったかも知れなくて、ごめんなさい。
2009/01/25(Sun) 05:46 | URL  | ノサカ レイ #uv1XZDJs[ 編集]
■枡野浩一さん
コメントのレスが遅れまして、申し訳ございません。

その本が市場で定価で手に入る場合、図書館や古本屋を利用する目的は、
お金や本の保管場所の節約であると思います。
枡野さんが私の記事を読んでされたように深読みすれば、
「その本は手元に置くまでもない本である」ということになります。
口に出さなくとも、それは本音でしょう。
「節約できて良かった!」と「その本の良さ」、「作者への敬意」は別ものなのです。

枡野さんはそれを言わないことをつくり手への敬意、配慮としているようですが、
「仕事上聴くCDは仕事上タダでもらった音に聴こえる」の歌は、
つくり手のことをいつでも 想像して生きている人の歌には思えません。
また、1日数十人ほどしか見ないブログで本音を言えないなんて、
窮屈すぎです。

今回は、「ショートソング」の本の中の伊賀さんから受けた印象で、
枡野さんのことを本音を言える人だと私が勝手に思ってしまったのが
間違いだったようです。
枡野さんは、私が思ったよりももっとずっと繊細な人でした。
ブックオフにたくさんあるのは、たくさん売れた証拠!
と言い放つくらい強気な人だと思っていたのですが・・・。

本音言いついでにズケズケと思ったことを言わせて頂きます。

枡野さんは本を最初から文庫本として刊行するなど、
消費者のことを意識して(消費者の為を思って?)いるとのことですが、
それはもちろん枡野さんのできる範囲で、ということですし、
若い人に気軽に読んでほしいと願って、というのは
若い人に気軽に買えるように、という利益が絡んだ意味が含まれるので、
なにも強調して言うことではないと思います。
気軽に読んでほしいだけなら、読者がブックオフで買おうが、
節約を自慢しようが関係ないでしょう。

短歌に関して、
「自分を簡単に素人の位置に置かないで欲しい」とのことですが、
これはどうしようもないです。

私の短歌がつまらないものと思っているから、
という意味ではありません。
自分ではこれで良いと満足しているのです。
自分や相手の胸が打たれるような、思いが伝わる短歌を詠みたい、
それだけを思って詠んでいて、自分は満足しているのですが、
自分で満足している短歌が、他の人の心を震わせられるかというと、
残念ながら、そうではない。
私自身が手元に置く本に対してシビアなのですから、
私の短歌が人からお金をもらえる短歌とは到底思えないのです。

また、私には短歌でお金を稼ぐ方法を捻り出す力量もありません。
消費者に本を必ず買って読ませる方法はいくつかあると思いますが、
そのシステムの構築をしようという根気もないし、
お金を稼ぐことは私が短歌を詠む目的ではないのです。
こんな私は、どう考えたって素人です。

私は逆に枡野さんに、自身が名が知られた歌人であることを
もっと意識して欲しいです。
私のように鈍感な人間でも、著者から大嫌いと言われれば、
多少は傷つきますよ。
著者がこうして書き手側の気持ちを正直に書いてくれることは
とても少ないし、本当にありがたいことだと思います。
ですが、一般人である私の本音と名の知られた枡野さんの本音は
重みが違うということを、枡野さんはもう少しだけ自覚された方が
良いのでは、と思います。
言われたほうはどちらも同じように傷つくでしょうが、
言う側になる時の影響力や責任の重さは違う。
有名になるとはそういうことだと思います。

でも、個人的には枡野さんのように、本音のコメントを
してくれる有名人がもっといたら良いのに、とも思います。
世間から叩かれるのを恐れて本音を言わない有名人が多いなか、
枡野さんは貴重な存在だと思います。
枡野さんは私のことが大嫌いでしょうが、
私は枡野さんが嫌いじゃないです。
自分の気持ちをハッキリ伝える人は好きです。
自分が鈍感で良かったと思います。

引用は、
「削らなくて良いと思っている」と言ってくださったので、復活させて頂きます。

記事中にある、
「枡野さんが、『本を借りて読んだ人が、堂々と借りたと書いて感想を書くのは
好きではない(下品?)』と書いているのをどこかで読んだ」
と書いたことはそのままにして、その後ろに、
「枡野さんの言っていたことは、少しニュアンスが違っていたようです。
詳しくはコメント欄をご覧下さい」
とだけ追記させて頂きます。

何度も、私に分かりやすいように、
伝わるようにコメントをしてくださってありがとうございました。
なのに私が分かっていなくて気持ち悪い部分もまだあるとは思いますし、
いろいろと生意気なことを言ったので腹立たしいかもしれませんが、
枡野さんにとっては取るに足らないことなのですから、
さらっと右から左へ流してください。

今後も短歌を絡ませた小説を書かれるんでしょうか。
ほんとうに、期待しています。
私はお世辞は言わないので、本当の気持ちです。
ありがとうございました。
2009/01/25(Sun) 06:38 | URL  | ノサカ レイ #uv1XZDJs[ 編集]
■ほきいぬさん
おはようございます。

KYじゃないですよw
KYだとしても全然構いません。
どんなコメントでも嬉しいですから。

この本は、ほきいぬさんの記事で知りました。
ほきいぬさんの感想を読んで、歌人の枡野さんがどんな文章を書くのかに興味が沸きました。

うん、短歌の状況や心境といった普通、知ることが出来ないところを知ることが出来たのは良かったし面白かったですよね。

短歌を解説してある本はあるにはあるけれど、どれも短歌のほんとうの作者ではない人が解説してあるだけなので、本人解説の本があれば良いのに・・・とも思うけれど、でもやっぱりそれは無いほうが良いな、とも思いますw

伊賀さんが自殺ですか!
それは思わなかったですw
強かったのは弱さを隠すためで、でも実は弱いけど強いみたいなそういうのが良いな、と思ったらそうだったので良かったです。

ほきいぬさんは、本は買う派でしたねw
次は短歌の入門書ですかー。
私は入門書とか読むと、逆に詠めなくなりそうです。
昔、生け花を習っていたのですが、先生に直されて、こう!!って言われているうちに、自分の感覚とは違うからどうして良いのか分からなくなってしまったことがあって。
ジョギングも、本を読めば読むほど、どういうフォームが良いのか分からなくなってギクシャクになるし・・・。

あ、でも入門書を入門書として読むのではなく、入門書に何が書いてあるのかは興味がありますw
2009/01/25(Sun) 07:10 | URL  | ノサカ レイ #uv1XZDJs[ 編集]
これでコメントは最後にしますが、
ノサカさん、
あなたの主張は隅々まで
よく「理解」したと思います。
が、
そういうことを言うあなたが嫌いだ、
という気持ちは一向に変わりません。

それは、
隠すべき本音を露にしたから、
ではありません。
その点だけは強調しておきます。
そんな本音を持つこと自体に
嫌悪感を覚えているのです。

私はひと様の作品を楽しんだとき、
そのひとに
お金を払いたくなる人間なのです。
そうでないあなたが、
私のCDの歌を、
そのように受けとめるのは
当然だと感じました。

ひとつだけ、
「それは根本的にまちがってる。
趣味のちがいの問題ではない」
と思うことを
書いて終わりにします。

あなたは本を、
本以外のものと同一視したいようです。
たしかに本の著者と、
それ以外の「物」をつくってる人を
同列に語る視点は時には必要ですが。
そして、
「これくらいのロールケーキなら
自分で作れるし」
という発言は、
そのロールケーキの作者が読むことを
覚悟して書くべきだと私は思いますが
(作者がそれを読む可能性は
あなたが想像しているより
遥かに高いのです。
読んだ作者がコメントしないから
気づかないだけです)、
それとは別の話。

本というのは、
明らかに、
特殊な商品です。
ほかの商品と
完全に同一視されても困る。

特殊な商品だから
「図書館」という、
それを無料で貸し出すシステムが
存在するわけでしょう?
歴史があるし、
皆あまり疑問を持たないけれど、
よくよく考えると不思議なものです。
図書館。

http://wakatakeru.blog105.fc2.com/blog-entry-660.html

ゲーム館という、
ゲームを無料で貸し出す場所が
税金で運営されていたら、
違和感を覚えませんか。

あなたなら、
喜んで借りるだけでしょうかね……。

いくら、
たとえ話をしても、
根本のところで
「後ろめたさ」を持たない人に、
それを持てと言うのは不毛な行為です。

枡野浩一を愛していない人に、
枡野浩一を愛せと言うようなものです。

それでも、
あなたのような嫌いな人に、
嫌いだという気持ちを伝えるとき、
私は、
自分が物書きになった理由を再確認します。

 気づくとは傷つくことだ 刺青のごとく言葉を胸に刻んで (枡野浩一)

お元気で。

ここを読んで拙著を
手にとってくださった皆様に
心より感謝します。

2009/01/26(Mon) 05:12 | URL  | 枡野浩一 #ZiFSVo0Q[ 編集]
そんなに嫌い嫌い言わなくても、
桝野さんが私を大嫌いだってことは十分伝わってますよ。

本は確かに、特別なものです。
音楽や料理や絵でも自分の知らない世界を知ることは出来ますが、本はそれによって、人生において出会う可能性のない人の考えや人が長い月日をかけて集めた情報などを知ることが出来るという点において、その他のものにない性質を持つと思います。
音楽や料理や絵と違い言葉で書いてある分、その世界がわかりやすく、目に見え、持ち運びしやすく、他の人と共有することが容易いという点も、本はその他のものに比べ特別と思います。
こうして枡野さんからコメントをいただけたのも、本のおかげ、素晴らしさの一つです。
それはわかっています。

ですが、本が特殊な性質を持っているからといって、特別だからといって、本の著者が他の作者より特別に敬意を払われなければならないかというと、そうではないと私は考えます。
本の著者が、作曲家や画家や料理人より偉いとか素晴らしいとか優れているとかそういうふうに特別だとは思いません。

著者も作曲家も画家も料理人も、人に感動を与えられる人は、どの人も同じくすごいと思います。
そして、その気持ちと節約の話は別なのです。
何度も言いますが。

ひと様の作品を楽しんだとき、 その人に お金を払いたくなる枡野さんは、ご自身が楽しいものを与えた時は、その対価としてお金を要求するのでしょう。
枡野さんは確かに、「職業歌人」だと思います。

枡野さんが図書館や古本屋を利用する度に、「後ろめたさ」を抱くのはご自由ですが、なぜそこまでして図書館を利用するのか、私には逆に不可解です。
図書館やブックオフを利用するのに「後ろめたさ」を抱くことが必要とも思いません。

リンクされていた図書館に関する記事を読みました。
個人的には、図書館は使用料を払っても良いと思います。
その使用料は税金やもしかしたらレンタル料、または図書館利用料ということで、市民から徴収することになるのかもしれませんね。
そうなったら私は税金や図書館利用料を支払って、図書館で本を借りるでしょう。
ですがそこまでです。
自分で出版業界を守る運動を起こそうとまでは思いません。
ちっぽけな私が動かなくとも、本当に本が読めなくなるなら、流れは自然にそうなるはずだからです。

閲覧者は殆ど通りすがりの人で、常連さんの少ないブログですが、私は自分の書いた感想が、その作品の作者の目に触れるかもしれないことを覚悟して日記の記事を書いています。
法に触れるようなことならまだしも、そうではない日常の本音もかけないようなブログなら、書かないほうがましです。
ただきれいな言葉をならべただけの、自分の心が入ってない短歌と同じですから。

もしも作者の目に触れたとしても、私は私の正直な気持ちで対応するだけです。
勘違いがあり、私が間違っていたと気づくことがあれば、謝罪もします。

その人がコメントをするのを控えたことで、自分が誰かを傷つけたことを、私が知らないままだということもあるかもしれませんね。
ですがそれは何もブログ記事に限ったことではありませんし、私はブログでコメントをいつでも受け付けています。
コメントをしないことは、意思表示をしないという意思表示と思います。
もしかすると私に謝罪の機会を与えない、ということかもしれません。
意思表示をしない人に対して、私はどうすることも出来ません。

私は「職業歌人」ではないので、数あるブログの、数ある短歌のなかで、私の日記記事や短歌を「読みたい」と思ってくれて、「最後まで読んでくれた」それだけで十分幸せです。
もしも本の著者となってこの幸せを無くすのなら、著者になどなりたくありません。
(先のコメントで書いたように著者になる力量もないですが)
もしも天変地異のようなことがあって私が著者になったとしても、節約を自慢されても「面白かった」と言ってもらえたらそれで満足、「手元に置くほどじゃなかったけどねw」と言われたら、「次は見てろよ!」と夜間バイトでお金を貯めて、
感性を磨く旅へ出るような人間でいたいです。

コメント、本当にどうもありがとうございました。
お体に気をつけて(特に胃)、これからも良い作品を生み出してください。

本日は晴天360度嫌い嫌いも好きのうちとか ノサカ レイ
2009/01/26(Mon) 09:14 | URL  | ノサカ レイ #uv1XZDJs[ 編集]
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2009/01/25(Sun) 19:55:45 |  Always Walking with Yu
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