写真、短歌、日々の思ったこと。
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2011年01月23日 (日) | 編集 |
第11章、『枕草子』の世界。

清少納言は、和歌の人ではなかったけれど、散文の天才で天成の随筆家だった。
清少納言は稀な観察力と表現力の持ち主であったけれど、父が和歌の達人だったため、良い歌を詠まなければという気負いもあって和歌を詠むのは苦手だったようだ。
随筆では風景や物、人の様子、気持の細やかな描写が重要だけど、和歌でそれらを詠み込むと説明くさい和歌になってしまう。
細かい描写が得意だった清少納言は、和歌よりも随筆のほうが自分を表現できると知っていたのだと思う。
んー、でも、清少納言の表現力は認めるけれど、その人となりはあんまり好きではないなあ。

ホトトギスの歌を詠むことを条件に、特別に別荘にホトトギスの声を聴きにいくことを許されたのに、ホトトギスの声や別荘でのもてなしに歌を詠を詠まずに帰ることになって、帰りに詠みましょうと言ってたのに、帰りは帰りで道端に咲いていた花で牛車を飾ることに夢中になって結局歌を詠まなかったとか、そういうとこが好きじゃない。
しかも、歌を詠まなかったことをお仕えしている中宮にたしなめられて、今からでもよいから詠みなさいと言われたのに、結局あーだこーだを理由にとうとう詠まずじまいだとか。

いくつかのエピソードから、清少納言はよく言えば天真爛漫、悪く言えば超自己中な人だったような印象を受けた。
でも、枕草子の描写は素晴らしいと思う。
これも読んでみなければって思った。
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