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2011年03月30日 (水) | 編集 |
第1回『セラピストと「聴く」こと「受けとめる」こと』

「クライアント(依頼者)はセラピストの助けを受けながら自ら自分と向き合う。」
こういう風にただ文字にすると、ふーんそうなんだ、で終わってしまうことだけど、これがすごく難しいことだということが授業を聴いて分かった。
人は困難なことを回避するものだし、困難を抱えている人の話を聴くということも、普段の生活の中では言われてみれば本当に難しいことだと気付く。

なぜ「聴く」、「耳を傾ける」ことができないのか?
「時間がない」ことも理由の一つだけれど、それよりももっと根本的な理由は、『「耳を傾けて」いると、話がかんたんに収まらず、扱いの難しい事情が次々に現れてきてしまうから』だと教科書には書いてある。
『だから人は話を聴いている時に、ほとんど本能的に「ある程度のところで」切り上げて、「じゃあ頑張ってね」「終わったことは仕方ないし、前を向いていこう」と「片付けて」しまう』。

確かにそうだ。
アドバイスも助言もせず、ただその人の話に「耳を傾ける」こと、「聴く」こと、そして「受け止める」ということは難しい。
ここ何年か、私はずっと、人の話をちゃんと聴く人になりたいと思って気をつけている。
だけど、気がつけば自分の価値観でアドバイスしたり、自分の経験を話したりしていて、話が終わると結局、相手の話をちゃんと聴いてあげたことになっていないことが多い。

人は「受け止められている」と実感し、安心を感じることができると自分の力で歩くことができるのだそう。
難しいけれど、人にそういう安心を感じてもらうことができる人になりたいな。
相手の話を「聴く」、「耳を傾ける」、それからその人を「受け止める」ということについて、もう少し自分の根っこのところで分かるようになりたい。
とはいえ、話を「聴く」時は、意識を集中させるのではなく、ぼーっと聴くほうが良いのだそう。
私は何事もその先に向けて何かヒントを得ようと一生懸命になってしまう傾向があるので、もっとうまく力を抜くことができるようになりたいなあって思いました。
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