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2012年07月13日 (金) | 編集 |
2:暴力と社会生成―「争いと和解」の人類史的基盤ー

※人間はなぜ争うのか?

自然状態での人間の本性について、ホッブスとルソーの見解
・ホッブス ー 相互闘争 (共通の驚異がない場合、各人の各人に対する戦争状態にある)
・ルソー  ー 分散居住の平和状態(未開人は一人で用が足せたので、集団を作る必要がなかった)
     ↓
「社会契約(分かち合おうとしない人間を分かち合わせる装置)」によって、集団、近代国民国家体制 が作られる

※争うにも関わらず、なぜ和解するのか

・集団で生活すると生存に有利?(食べ物の再分配、敵に対抗する時など)
・独りでいると寂しいから?
・他社と協働する喜びが人を相互に引きつけ合うから?
     →答えは謎のまま

人類は自らの間で食べ物を対等に分かち合って食べることが必然ではない生物である
分かち合うことが必然ではない人類が集団を作るためには、「社会契約」が必要である
「社会契約」 は互いの対等な関係から外れた外部にある(神、自然、王や皇帝、国家など)

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5日から10日にかけて、いろんなところへ行っていろんな人に会った。
人と話してその人の立場や状況や心境を思ったり、また自分のことをじっくりと観察していると、やはり人間は根本的なとこで一人で自由に過ごしたがる生き物なんだなと思った。

かと言って社会の一員として暮らしている以上、 本当の意味で一人であるということはできない。
それに、子供を守りたいとか好きな人と一緒にいたいとかお金が欲しいとか自分の欲を満たしたい気持ちもあるので、その為には自分を抑えて行動することが必要となる。
動物である人間が人として生きるのはどこかやはり無理があって、それでいろんな問題が出てくるのだろうな、と思った。
みんな、バランスをとるのに必死なのだと思う。
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