写真、短歌、日々の思ったこと。
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2012年07月28日 (土) | 編集 |
第6章 心と身体の相互関係:過去の記憶と現在の知覚の関係から考える

※キーワード
○生きるという根本動機
○幻影肢
○様々な感覚野間の相互作用が記憶されていること
○「記憶のリンク」と感覚入力の相互作用
○感覚の空虚な形態と感覚印象との相互覚起


「この薬はいつも効く」-物が心を決める(物質主義)
「病は気から、気のもちよう」-心がものを決める(精神主義)

現実に存在する、「あの人の言葉に傷ついた、あの人の笑顔は私を元気にする、など、不快感や快感に染まった感覚や感情の世界を生きる身体」 について、どうしてそういう気持ちになるのか、どうすればそうなる&そうならないのかを解明するのが脳科学で、不快感や快感が”そこにある”ということと、その感じを○○だから悲しい、××で嬉しいと知覚することの違いを、ひたすら言ってるのが現象学・・・なのかな?

なんか、漠然としてて掴みどころのない話に感じるのは、もともと掴みどころのない気持ちの話をしているせいか、それとも私が実は興味ない話だからか(汗)

そこにあるお茶の入ったグラスを持って口元へ持っていき飲む時。
グラスを持ち上げる力加減、口元へ持っていく動作、どれくらいグラスを傾けてどれくらいお茶を飲むのか。
それを今、無意識に出来ているのは、生まれてからこれまでの経験と記憶によるものだと思う。
もしもものすごい暴風雨の中でそれをするとか、無重力空間へ行ってするとか、そういうことになれば、私の今までの経験や記憶はあてにならないものとなって、無意識にそれをすることはできないと思う。

過去把持、未来予持は、自分がこれまでに経験した中で考えられる安定した状態で、無意識にされるものなんじゃないかっていうシンプルな話だと思うんだけど・・・
前に受けた面接授業で、先生と「タバコのマークを見てなんでタバコってわかるのか?」っていう話をした時のように、先生は面倒くさい考え方と言い回しをする。
それは今まで見たり聞いたりしたことで想像できるからじゃないですか?といくら言っても、「私にはわからない」を繰り返すだけだった。
話の矢印がまったく噛み合ってない感じ。
私が哲学に向いてないってだけの話かもしんないけどね(汗)
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