写真、短歌、日々の思ったこと。
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2013年03月26日 (火) | 編集 |
読んでいる途中、読み終えてからも、透明感のある文章だな、と思った。
タイトルの草原がいつも出てくるからかもしれない。
重苦しい内容だけど、常にすうっと風が吹いているような感じだった。

現実として受け入れられない辛い過去と、その過去の事実についての悲しい想像と信頼や自信の喪失。
一番大事に思っていて信頼している夫から「忘れてしまえばいい」と言われて、でも、どんなに愛情を受けてもその事実を忘れてしまうことは出来なくて、問題を先伸ばししながら、ゆるく、常に苦しんでいるような主人公。
同じような少女と出会って、苦しみを自分のものとして認めることで、二つに分かれていた自分がやっと一つになったのかなって思った。

主人公のような衝撃的な出来事はなくても、親や周囲から自分への愛情に対する信頼が揺らいで、自分の足元が不安定になることはよくある話なんじゃないかな。
そこのとこを乗り越えないと、本当の意味で大人になることができないのかもって思う。

私がこの本を読んで考えていたことは、本の趣旨とは違うかも知れない。
私はこういうことを考えていた。

私はいつも自分勝手だから、誰かが自分に与えてくれる愛情について、それが絶対かどうかを考えてしまう。
どんな自分でも受け入れてくれる確かな愛情ってあるんだろうか。
母親に対しては、それを感じられた。
それだけでも私は十分幸せなのだと思う。
私がそういう風に心から思っているということは、母の子育ての母の責任分は十分成功している。
この段階で、私はこの本の主人公の抱える苦しみをクリアしている。
私自身の問題はこの先にある。

母がこの世にいない今は、もうそういった愛情を受けるということは諦めなければならないと感じている。
今は、何をしても許される、惜しみない愛情を与えられる世界ではなく、約束や義務、責任を果たすことによって与えられる、契約的な愛情の世界にいるような気がする。
私はもう十分年を重ねているのだから、この世界の中で、今度は誰かに対して絶対的な愛情を、与える側になる時期なのかもしれない。
年はいってるけど考えが甘甘なので、とても難しいけれど、求めるのはもう終わりにしなければ、と思う。
心の中の草原と、契約的愛情の世界と。
私の中だけで、二つを行き来すれば良いのだ。







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コメント
この記事へのコメント
遅ればせながら
遅ればせながら、ご感想読ませてもらいました~。

僕はこの作品はいまだに客観的に見られないので、あらすじとかもうまく書けないです。なので、まとまっているのを見るとなるほどと思います。

言われみると、主人公のあり方は「許されている」のが半分、「甘えている」のが半分なのかも。
そして確かにこの主人公のように劇的な事件、劇的な解決は普通の人の人生ではなかなかないかも知れない。
大体は、時間と人間関係の中でゆるやかに解決されていくものだろうから。
でもそれでも、気付く瞬間、というのはあるもので、そういう瞬間が訪れた人というのはとても幸運だと思う。
そうやって気付いていった人こそが、他の人を気付かせることもできるんじゃないかな。
そういう瞬間を与えられるような人になりたい。
2013/03/31(Sun) 20:26 | URL  | きうり #-[ 編集]
本を読んで、なんだかきうちんらしい本だなって思いました。
きうちんがこの本を選んだのが納得できたというか。

私はこの本を読むにはもう大人になりすぎていて、やり過ごすことも諦めることも覚えてしまっているから、きうちんのような透明感を持って読むことはできなかった気がします。
本にも適齢期ってあるんだなあって思いました(笑)
2013/04/19(Fri) 18:21 | URL  | のー #ftpII.ds[ 編集]
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